デジタルホログラム光学素子の作成と応用─次世代のAR / MR技術の確立に向けて─

デジタルホログラム光学素子とは

デジタル設計されたデータをもとに、プリンターで光学素子を作り出す研究をしています。プリントでレンズ、プリズム、ミラーといった光学素子を作るには、大きく分けて2つの方法があります。1つは3Dプリンターなどでガラスやアクリルなどの透明な材料を立体的に成型する方法です。もう1つがNICTの行っている方法で、ホログラム技術を使い材料に光の波長程度の非常に微細な構造(一般に干渉縞と呼びます)を作り、光学素子としての機能を実現する方法です。このようにして作られた新しい光学素子を、デジタルホログラム光学素子と呼んでいます。

図1. デジタルホログラム光学素子

図1. 写真左から 透明な光学素子、凹面ミラーアレイ素子(f=2mm、30mm角)、同(100mm角)、拡散板ドットアレイ素子(拡散角40°)の例

ホログラムプリント技術

光学素子の中にはホログラフィック光学素子(HOE)と呼ばれるカテゴリーがあり、40年程前から使われています。これらはアナログのホログラム技術を利用して作られる素子であり、収差を抑えた複雑な光学部品を一つの素子でコンパクトに実現できる、光学素子を薄く軽い材料で実現できる、などの優れた特徴があります。しかし、従来のアナログ技術によるホログラムの記録は難しく、その作成にはいわゆる職人の技と言われる技術が必要でした。

私たちは、ホログラムプリント技術という、2012年頃から研究が始まった新しい手法でHOEを作る研究をしています。プリントで光学素子を作るため、誰もがバラツキの無い素子を、簡単に作成できるようになります。やや専門的になりますが、ホログラムの分野では、ホログラフィックステレオグラム、フリンジプリント、波面プリント、の3つの方法が知られています。このうち光学素子の作成に最適なのは波面プリントです。この方法は体積記録ホログラムを作り出せるため、急峻な波長選択性(マルチカラー化)や、高い回折効率(明るさの向上)など、他にはない利点を持っています。

ホログラムプリント装置は、NICTで内製しています。ホログラムプリンターでは、図2のように、干渉性が良いレーザーを使い、光の経路をスプリッターで2つに分けます。そのうちの片方を物体光発生装置に入力して任意の波面を作り出し、もう片方の参照光と材料(フォトポリマー)上で干渉させてホログラムの干渉縞パターンを記録します。一度に記録できるエリアは狭いのですが(現状では1mm角程度)、材料をステッパーで移動しながら記録することで、大口径の光学素子を作成できます。

図2. ホログラムプリント技術で光学素子を作成できる

図2. ホログラムプリント技術で光学素子を作成できる

ホログラムスクリーン評価のための光学系

ホログラムスクリーン評価のための光学系

光の「波」としての性質を積極的に利用する

前の章で述べた物体光発生装置は、コンピュータで計算をした任意の波面を、内部の空間光変調器と空間フィルタを用いて実際に作り出す装置です。ホログラムプリンターは、波面をデジタル的に作り出すことで、設計データに忠実な光学素子を安定して生み出すことができます。この発生装置にはNICTが培ってきた電子ホログラフィの技術が生きています。

数値的に任意の波面を作り出すメカニズムについて、簡単にご説明します。私たちが通常目にするパソコンやスマホなどの画面は、光の色(波長)と明暗(振幅)の2つを同時にコントロールしますが、光が飛ぶ方向(位相)はコントロールできません。これに対し、ホログラフィは、3つ目である光の飛ぶ方向(位相)も同時にコントロールできる特徴があります。

具体的には、高校の物理の回折という現象が基礎になっています。レーザーを図3のように回折格子にあてると、格子間隔が広い場合は光はほとんど回折しませんが(ほとんど曲がりませんが)、格子の間隔が狭い場合には大きく回折します(大きな角度で曲がります)。この原理を使えば、どのような複雑な波面でも、多数の回折格子の重ね合わせで表現することができます。近年の高性能な計算機を用いると、現実的な時間で回折格子のパターンを計算することができます。

図3. 格子の間隔が狭いほど、光(波)は大きく曲がる

図3. 格子の間隔が狭いほど、光(波)は大きく曲がる

ホログラムプリントによる次世代AR / MR技術

21世紀に入り、AI(人工知能)や大容量無線通信の分野は飛躍的に発展を続けています。今後もAIやセンサーネットワークなど、機械由来のデータは確実に増えることが見込まれます。このような中で、現実世界のオブジェクトに、機械由来のデータを重畳して表示するニーズが近年増加しています。このようなニーズに対する答えとしてAR(拡張現実感)、MR(複合現実感)技術が有ります。現状ではスマホのカメラと画面を利用することが多いのですが、今後は透明なメガネ型の端末や、自動車をはじめとする乗り物の窓、さらには建物の窓なども利用されると考えられています。

NICTが開発している透明な光学スクリーンは、多数の微細なミラーアレイで構成されており、もちろん前述のホログラムプリンターを使って作られています。このような光学スクリーンに三次元情報をエンコードした特殊なパターンを投影すると、スクリーンによって情報がデコードされ、もとの三次元情報が表示されます。図4では、左右約47度の範囲で、機械由来のデータが前面に表示されています。スクリーン自体は透明で薄いため、背後にある現実世界のオブジェクトはそのまま透過して見えます。また図4の例ではスクリーンに複雑な角度特性を持たせることで、特殊パターンを投影するプロジェクターは市販品1台(無改造)で済ませています。

図4. 順に、光学セットアップ、再生の様子(左から見た時)、再生の様子(右から見た時)

図4. 順に、光学セットアップ、再生の様子(左から見た時)、再生の様子(右から見た時)

今後の展開

デジタルデータをもとに、プリンターで作られるデジタルホログラム光学素子は、属人的な技術を必要としないデジタル技術の1つです。今後は複雑で難度の高い光学素子を、誰もが安価に作ることができるようになると考えられます。

プリンターの応用の1つであるスクリーン光学素子は、精密な透過表示ができるため来るべきサイバー空間と実空間の融合・協調の時代に適していると考えられます。また、プリンターで作られる光学素子は、軽量で大判なことから、ディスプレイに限らず、いずれ幅広い分野で活用が進むものと期待されます。

 

電磁波応用総合研究室のデスクにて

電磁波応用総合研究室の実験室にて


研究者紹介