HOPTECH (Holographic printing technology) ─ホログラムプリンタが切り拓く可能性─

はじめに

多くの方は”ホログラフィ”という言葉を聞くと、SF映画に出てくるような”空中に3D映像を表示する技術”を思い浮かべると思います。実際、ホログラフィは光を自在に操作することで3D映像を提示できる技術として、国内外の多くの研究機関がホログラフィック3Dディスプレイの実現を目指した研究を行っています。NICTでも2000年頃から”電子ホログラフィ”としてホログラフィック3Dディスプレイの研究開発を進めてきました(図1)。

2008
初期の電子ホログラフィ装置
初期の電子ホログラフィ装置[1]
画素数:1,408 × 1,058
再生光の色:単色
[1]山本健詞他, 映像情報メディア学会技術報告 32(14), 1-4, (2008)
2011
視域拡大モデル
視域拡大モデル[2]
画素数:7,680 × 4,320
画面サイズ:3.6 × 2.1 [cm]
色:フルカラー
視域角:15度 視域角3倍拡大技術を実現
[2]T.Senoh, et al., IEEE J. of Dis. Tech. Vol.7, No.7 (2011)
2012
リアルタイムホログラム撮影・再生システム
リアルタイムホログラム撮影・再生システム[3]
フレームレート:12 [fps]
IPによる4K撮影
GPU×4枚によるリアルタイムホログラム計算

[3]Y.Ichihashi, et al., Optics Express, Vol.20, Issue 19 (2012)
2014
画面拡大モデル
画面拡大モデル[4]
画素数:15,360 × 8,640※1
画面サイズ:7.3 × 4.1 [cm]
※1 4K液晶素子を16枚使用
[4]H.Sasaki, et al., Scientific Reports 4, 6177 (2014)

図1:NICTにおける電子ホログラフィの研究開発の歴史

私たちはこのホログラフィ技術を用いてコンピュータ内の3Dデータを3D写真としてプリントアウトする”ホログラムプリンタ”の研究開発も同時に進めてきました。ホログラムプリンタは3D写真を実現するだけでなく、次世代の光学素子の製造技術としての一面も持ち合わせています。私たちはこの技術をHOPTECH (ホプテック:Holographic printing technology)と呼んでいます。ここでは、HOPTECHの現状と可能性をご紹介します。

ホログラフィとHOPTECH

ホログラフィ技術は、1947年にハンガリー系イギリス人の物理学者D.Gaborによって発明されました。Gaborはこの発明により、1971年にノーベル物理学賞を受賞しています。一般的なホログラムは、物体からの光である”物体光”と”参照光”との干渉縞を感光材料に記録することで作製されます。この干渉縞に参照光と同じ方向から光を照射すると、光が回折されて元の物体光が再生され、観察者はあたかもそこに物体が実在するかのように3D映像を見ることができます。これが、ホログラフィが3D映像技術として知られている所以です。もしこのホログラムに記録される干渉縞を時間的に変化させることができれば、3D映像を動画として表示することができます。このような技術をNICTでは電子ホログラフィと呼んでいます。NICTではこれまでに4K (3,840x2,160画素)や8K (7,680x4,320画素)の液晶パネルを用いた電子ホログラフィ装置を開発してきました(図1)。

電子ホログラフィで表示する干渉縞は、3Dデータから放射される物体光がどのような干渉縞を作り出すかを計算機でシミュレーションすることで求めます。そのため、CGの3Dモデルや3Dスキャンした実物体を自在に再生することができます。 しかし、ホログラムの再生には非常に高精細な液晶パネルが必要で、例えば8Kの液晶パネルを用いても、画面サイズは数センチメートル程度にしかなりません。そこで、電子ホログラフィで再生された物体光を感光材料にプリントアウトできるホログラムプリンタの開発をスタートしました。

ホログラフィ:
光の干渉と回折を利用して、光波を記録・再生する技術。
ホログラム:
ホログラフィに基いて干渉縞が記録された媒体(メディア)。

印刷したホログラム

印刷したホログラム

HOPTECHによる3D写真の可能性

図2の(a)と(b)は、NICTで開発したホログラムプリンタで作製したホログラムの再生例です。コンピュータの中にある3Dデータをホログラムとして透明なフィルムに記録することができています。再生には白色LEDを用いています。このホログラムには、緑の光だけを記録していますが、赤色と青色の光も記録することで、将来的にはフルカラーのホログラムを作製することができます。一方、図2の(c)と(d)は仏像の模型を3Dスキャンすることで3Dデータとしてコンピュータの中に取り込み、ホログラム印刷した例です。近年の3Dプリンタの台頭を受けて、人物や身近にある物体の3Dデータを3Dスキャンする技術が急速に発展していますが、HOPTECHではこのようにして取得した3Dデータもホログラム印刷することができます。将来は記念写真や駅の中の広告、図鑑の挿絵がホログラフィによって3Dになる日もそう遠くないかもしれません。

図2:3Dデータのホログラム印刷例

図2:3Dデータのホログラム印刷例

参考文献
K.Wakunami, et al., "Wavefront printing technique with overlapping approach toward high definition holographic image reconstruction", Proc. SPIE 9867,98670J (2016).

HOPTECHによる光学素子の作製

HOPTECHで印刷できるものは3Dデータだけではありません。これまで作製することが困難だった特殊なレンズやミラーの光学的な特性をホログラムとしてフィルムに印刷することができます。通常のホログラフィック光学素子(HOE)と比べて、デジタルに設計した自由度の高い光学特性を付与することができるため、NICTではホログラムプリンタで作製した光学素子をDDHOE(Digitally designed holographic optical element)と呼んでいます。図3はレーザーの光を任意のある一点に集める機能をもたせたDDHOEの例です。コンピュータで予め計算した反射分布特性を実現することができています。このようにHOPTECHによってデジタルに設計した任意の光学特性をもつ光学素子を”大型”、”軽量”かつ”透明”なフィルムとして製造することができるようになり、光産業分野への貢献が期待できます。

図3:特殊な光学素子DDHOEの作製例

図3:特殊な光学素子DDHOEの作製例

参考文献
K.Wakunami, et al., "Projection-type see-through holographic three-dimensional display". Nature Communications. 7, 12954 (2016).

DDHOEはホログラム映像を映す特殊な光学スクリーンとして利用することもできます。図4は、図3で紹介したDDHOEを透明なスクリーンとして、先述の電子ホログラフィを改良した”ホログラフィックプロジェクタ”と組み合わせ、プロジェクション型のホログラフィック3Dディスプレイを開発した例です(報道発表、2016年10月13日)。現在、映像を観察できるのはスクリーンによって光が集光する一点からのみですが、透明なスクリーンに浮かび上がる3Dのホログラム映像を見ることができます。今後、マルチプロジェクタ化や集光点のスキャン技術を開発し、両眼視や観察範囲の拡大を実現することで、この技術は車載ヘッドアップディスプレイやスマートグラスのホログラム映像化への応用が期待されます。

図4:投影型ホログラフィック3D映像技術

図4:投影型ホログラフィック3D映像技術

参考文献
K.Wakunami, et al., "Projection-type see-through holographic three-dimensional display". Nature Communications. 7, 12954 (2016).

今後の展望

現在、HOPTECHによるホログラム印刷技術を実用化するためにいくつかの研究トピックに取り組んでいます。一つは印刷のフルカラー化です。緑色だけでなく赤色や青色のレーザーを記録に用いることで、再生される映像をフルカラー化する技術の研究開発を進めています。また、研究室ではホログラムの複製技術にも取り組んでいます。一方、ホログラムを照明する光源も重要です。ホログラムから再生される光は、照明する光源の波長や向きに大きく依存するため、照明環境が整わなければホログラムの魅力を十分に引き出した再生をすることができません。この問題を解決するための研究も検討しています。このようにHOPTECHを通して日常生活が少しでも豊かにできる日が来るよう、今後も研究室のメンバー一同で取り組んでいきます。

 

電磁波応用総合研究室のデスクにて

電磁波応用総合研究室のデスクにて


研究者紹介