テラヘルツ波における高出力発振器、高感度受信機の開発 ─地球大気観測、天体観測への応用─

1. テラヘルツ波とは

みなさんは、テラヘルツ波(Terahertz wave)という言葉を聞いたことがあるでしょうか。それは、テラヘルツの周波数をもった電波のことです。テラ(Tera) というのは 10の12乗を意味するので、1テラヘルツ(THz)というのは1秒間に1兆回振動する電波のことです。図1を見て下さい。

図1、電磁波の種類とその応用例

図1、電磁波の種類とその応用例

横軸に電波から可視光、X 線まで書かれていますが、これらは全てその周波 数が違うだけで同じ電磁波です。テラヘルツ波というのは、ちょうど光と電波の間の領域にあり、0.1THz~10THz辺りが、テラヘルツ波と呼ばれています。これまであまり利用が進んでいない未開拓の周波数領域でしたが、最近では技術開発が進み、その応用も期待されてきています。

2. 注目を集めるテラヘルツ波

テラヘルツ波の応用としては、通信、医療、セキュリティ、地球・天体観測等があります。通信分野への応用としては、高い周波数を利用した超高速無線通信が期待されます。ここでは大気観測への応用の一例として、私たちの研究室で開発された、超伝導サブミリ波リム放射サウンダ(SMILES: Superconducting Submillimeter-Wave Limb-Emission Souder)を紹介します (図2)。

これらは、地球大気中のオゾンやその破壊分子の観測を目的に開発された、600GHz 帯の超伝導受信機を載せた装置です。気球搭載 SMILES (BSMILES: Balloon-borne SMILES) は、NICTによって開発された機器をJAXA/ISAS の大気球によって高度 35kmの成層圏に上げて、2003、2004、2006年に観測が行われました。JEM/SMILES (Japanese Experiment Module/SMILES) は、国際宇宙ステーションの日本実験モジュールの曝露部に取付けられた、宇宙用の4K機械式冷凍機を搭載した装置で、2009 年にH-IIB ロケットにより、こうのとり1号機に搭載されて打ち上げられ、約半年間観測を行いました。

SMILES (JEM/SMILES) (右写真の手前から2番目が JEM/SMILES)

図2、国際宇宙ステーション搭載型SMILES (JEM/SMILES)
(右の写真の手前から2番目がJEM/SMILES)

気球搭載型 SMILES (BSMILES)

気球搭載型 SMILES (BSMILES)

3. テラヘルツ波の技術開発

3-1. テラヘルツ波の発振技術
テラヘルツ量子カスケードレーザ ―テラヘルツ波の高出力発振器―

高出力のテラヘルツ波の発振を行うために、テラヘルツ量子カスケードレーザ(THz-QCL: THz Quantum Cascade Laser)という新しい半導体レーザが提案、開発されました。これは、従来の半導体レーザのようにバンド間のキャリアの遷移を利用するのではなく、片側のバンド内にサブバンドを構成し、この サブバンド間のキャリアの遷移による発光を利用するレーザです。また、このバンド構造(ユニット)を多数重ねることによって、一度発振に寄与したキャリアが次のユニットに注入され、次の発振に寄与することから、高い出力が得られるという特徴があります。

私たちはこのデバイスを自分たちで作っています。具体的には GaAs と AlGaAs という化合物半導体をナノメートル(nm)という極薄い厚みで積層して作製します。図3に、テラヘルツ量子カスケードレーザデバイスの電子顕微鏡 写真と、それをチップキャリアにマウントした写真を示します。このデバイス を15K~45K 程度に冷却し、電圧をかけるとテラヘルツ波が発生します。私たちは、このデバイスが発振周波数約 3.1THz、出力約 100μW で発振していることを確認しました。発振周波数は、バイアス電圧を調整することで制御することが出来ます。

図3 (左) 作製したテラヘルツ量子カスケードレーザデバイスの電子顕微鏡写真。 (右) チップキャリアにマウントした写真。

図3、 (a) 作製したテラヘルツ量子カスケードレーザデバイスの電子顕微鏡写真。
(b) チップキャリアにマウントした写真。

ヘテロダイン受信機システム

ヘテロダイン受信機システム

3-2. テラヘルツ波の受信技術
3-2-1. ホットエレクトロンボロメータミキサ ―超伝導を利用した高感度検出器―

テラヘルツ波を高感度に検出する技術として、私たちはホットエレクトロンボロメータミキサ(HEBM: Hot Electron Bolometer Mixer)と呼ばれる、超伝導を利用した高感度受信機を開発しています。センサの心臓部は、シリコン基板上に作られた、NbN(窒化ニオブ)という超伝導体の非常に薄い膜から出来ています。ここにテラヘルツ波が入射すると、超伝導体の中の電子温度が上昇し、 “ホットエレクトロン”が作られます。この熱の冷却に要する時間が、膜のサイズがとても小さく(0.4μmx4μm)、薄い(3nm)ため、ナノ秒オーダーと、とても短いのがこのデバイスの特徴です。今ここに、少し周波数の違う2つのテラヘルツ波の信号が入ってきたとします。電子温度は、この差周波信号の振 動に応じて変動しますが、このデバイスはそれに追随できるだけの高速応答特 性を持っているため、信号を単なる熱としてだけでなく、波として捉えることが出来ます。

このデバイスの作製もNICT(神戸)で行っています。図4にデバイスの写真 を示します。図4(a)はデバイス中心部の電子顕微鏡写真で、中心部に超伝導体薄膜があり、これにテラヘルツの信号を受けるためのスパイラルアンテナと呼ばれる、渦巻き状のアンテナが取り付けられています。図4(b)はデバイス全体の写真で、図4(c)はこのデバイスを取り付けるミキサマウントです。

図4 ホットエレクトロンボロメータミキサデバイスの(a)中心部の電子顕微鏡による拡大写真、(b)全体写真、及び(c)ミキサマウントの写真。

図4、ホットエレクトロンボロメータミキサデバイスの(a)中心部の電子顕微鏡による拡大写真、(b)全体写真、及び(c)ミキサマウントの写真。

3-2-2. ヘテロダイン受信機 ―テラヘルツ波のスペクトラムアナライザ―

私たちが開発しているテラヘルツ波の受信機は、ヘテロダイン受信機と呼ばれるもので、電波のスペクトルを測定出来る検出器です。図5にヘテロダイン受信機の写真を示します。 測定したいテラヘルツ波の信号を受信する場合、その信号とほぼ同じ周波数を持った信号(局部発振器信号)をミキサに入れて、それらの差周波の信号(中間周波数信号)を取り出します。テラヘルツ波の信号を直接増幅するのは難しいため、増幅などの取り扱いが容易なギガヘルツ(GHz)の中間周波数 に落とし、この信号を増幅してスペクトルを検出します。図6にヘテロダイン受信機の写真を示します。

テラヘルツ波を発生する局部発振器として、テラヘルツ量子カスケードレーザを用いています。また、図6におけるアンテナからのテラヘルツ信号を模擬する信号として、マイクロ波の逓倍により 3THz を発生する発振器を用いています。図7に検出されたスペクトルを示します。テラヘルツ波の信号が測定出来ることが示され、スペクトラムアナライザとして動作することが確認されました。

図5 ヘテロダイン受信機の測定系

図5、ヘテロダイン受信機の概念図。

図6 ヘテロダイン受信機の概念図。

図6、ヘテロダイン受信機の測定系

図7 テラヘルツ波のヘテロダイン検出器で測定された、3THz 信号スペクトル。

図7、テラヘルツ波のヘテロダイン検出器で測定された、3THz 信号スペクトル。

 

4. さらなる高精度化

―テラヘルツ量子カスケードレーザの位相ロック技術―

このスペクトラムアナライザは、テラヘルツ量子カスケードレーザの周波数が、温度やバイアスのノイズにより不安定に(数 MHz~数十 MHz 程度)揺らいでいるため、周波数測定精度はその分落ちてしまいます。この問題を解決するにはレーザに位相ロックをかけて、周波数を安定化させる必要があります。

位相ロックをかけるには、周波数の安定したテラヘルツ波の基準信号との周波数の差分をビート信号として検出し、それを電圧にしてテラヘルツ量子カスケードレーザのバイアスにフィードバックをかけて、周波数を安定化させます。 私たちは基準信号として、マイクロ波の逓倍による発振器や、周波数コムから作られるテラヘルツ波、また、テラヘルツコム信号を用いています。ビートを検出する受信機としては、ホットエレクトロンボロメータミキサを使いました。

図8に、位相ロックの結果を示します。図8(a)が位相ロックをかけていない時のビート信号で、位相ロックをかけると、図8(b)のように中心部の線幅が細くなり、基準信号にロックされたことが分かります。信号の中心部を拡大したのが、図8(c)で、位相ロックをかけた時の線幅は 1Hz 以下(約 0.1Hz)であることが分かりました。

(a) 位相ロックをかけていない時 / (b) 位相ロックをかけた時のビート信号のスペクトル。

(a) 位相ロックをかけていない時

(b) 位相ロックをかけた時のビート信号のスペクトル。

(c) 分解能帯域 1Hz で見たスペクトル。

(c) 分解能帯域 1Hz で見たスペクトル。

電子顕微鏡での作業風景

電子顕微鏡での作業風景

今後の展望

―飛翔体搭載を目指して―

将来の飛翔体搭載を目指して、まだまだ開発すべき課題が多くあります。まずは、実際に分子からの放射電波スペクトルを測定することにより、受信機の動作実証を行うことです。分子ガスから放射される電波は微弱なため、より高感度なミキサの開発も重要となります。さらには、受信機システム全体が長時間安定に動作することや、振動や衝撃にも強くなくてはいけません。サイズや重量、消費電力を小さく(少なく)抑えることも重要です。真空や低温の環境下でも動作する必要もあります。今後、これらの課題を一つ一つ克服しながら、 いつの日かこの受信機が大空や、宇宙に行くことを夢見ながら、日々の開発に取り組んでいます。

開発は続く、、

おわり

 

研究開発中の入交主任研究員

研究開発中の入交主任研究員


研究者紹介