宇宙の入り口「電離圏」に起こる嵐を、観測と理論計算から予報する─電離圏の嵐は通信障害を起こしGPSを狂わせることも─

はじめに ―電離圏とは―

地上から高い山に登っていくと、空気は薄くなり気温は下がっていきます。さらに高度を上げていくと、さらに気温が下がりやがて凍てつく氷の世界の宇宙にたどり着く――ことはありません。

地球の大気のある部分では、太陽からの紫外線を吸収するため、気温が高くなるのです。1つは、高度20-30kmにあるオゾン層で、この付近の領域は成層圏と呼ばれています。もう1つは、大気の上端である高度80-1000kmの熱圏と呼ばれる領域で、気温は数百度にも達します。

電離層観測機

電離層観測機

この領域では、エネルギーの高い紫外線を吸収するため、温度が高くなるだけでなく、大気中の一部の原子、分子から電子が飛び出し、プラスの電気を帯びたイオンとマイナスの電子が分離した状態(プラズマ)に分かれた状態で存在しています。このため、この領域は電離圏と呼ばれています(図1)。電離した状態の電離圏プラズマは短波帯の電波を反射することから、古くから長距離通信に利用されてきました。

かつては電波を反射する層のイメージから電離層と呼ばれていましたが、その後の研究から単純な層ではなく、領域全体を一体のものとしてとらえるべきという考え方が広がり、近年では電離圏と呼ばれることが多くなっています。電離圏は、地球大気から宇宙空間へと徐々に遷移する領域であり、まさに宇宙の入り口と言える領域なのです。

図1: 地上から宇宙までの高さ構造

図1: 地上から宇宙までの高さ構造

電離圏の嵐と宇宙天気予報

電離圏のプラズマの密度は、プラズマの元になる大気の密度と、大気を電離させる太陽からの紫外線の強さとの掛け算で決まります。大気の密度は上空ほど薄く、紫外線は大気の上端から徐々に吸収されるため上空ほど強くなります。その結果、高度300-400km付近でプラズマの密度が最も高くなるのです。この高度は、国際宇宙ステーションの他、多くの人工衛星が周回している領域です。

また、さらに上空にある人工衛星、たとえばGPS衛星等から送信される電波は、電離圏を通過して地上に到達します。電離圏が乱れた状態だと、GPSから得られる位置情報に誤差が発生したり、受信した電波から情報が読み取れなくなったりする場合もあります(図2)。電離圏を定常的に観測し、状況を常に把握しておくことは大変重要になります。

図2: 電離圏が電波伝搬に及ぼす影響

図2: 電離圏が電波伝搬に及ぼす影響

電離圏の密度構造は、通常は水平方向にほぼ一様であり、高度方向の変化や、季節・時間変化等も経験的にある程度までは分かっています。その経験モデルを用いて、電離圏に起因するGPSの誤差や電波伝搬の特性も、ある程度は推定することができます。

しかし、電離圏の密度が急激に変化すると、そのような経験モデルでは対応できず、通信障害やGPSの誤差の原因となります。このような現象は電離圏嵐と呼ばれています。電離圏嵐は、地球全体に影響を及ぼす大規模なものから、狭い地域のみに影響する局所的なものまで非常に様々です。日常の生活において日々の気象現象の理解が重要であるのと同じように、宇宙利用においては電離圏の様々な現象の理解が必要となってきます。

我々の研究室では、宇宙天気予報の一環として、電離圏の観測と研究を継続して実施しています。短波・衛星通信を利用されている業界、例えば航空機、船舶関連の方や、GPSを用いた精密な測位データを必要とされる方、アマチュア無線愛好家の皆様などに、電離圏の予報を活用して頂いています。

東南アジア上空の電離圏嵐が日本にも影響する ―電離圏の泡―

局所的な電離圏嵐を引き起こす現象は多く知られていますが、そのような嵐がいつ、どこで発生するのかを予報するのは、現在まで非常に困難とされてきました。その中でも、特に深刻な通信障害を引き起こす現象は、磁気赤道(地球磁場が地面と水平になる緯度)で発生します。

電離圏の最も密度が高い部分は高度300-400kmですが、それより少し下の高度では密度が低い、つまり軽い領域が重い領域を支えている状態になっています。夕方頃になると低い領域ではイオンと電子が再結合して中性の大気に戻るため、この密度差が非常に大きくなり、ついには支えられなくなって不安定な状態になってしまいます。例えば、夏の午後に上昇気流が発達して夕立が降るようなイメージです。

この電離圏の現象は、密度の低い領域が泡のように高い高度まで発達していくので、プラズマバブルと呼ばれています。泡の内側と外側では、局所的に密度差が数百倍以上になり、電波伝搬に深刻な影響を与えるため、GPSが全く役に立たなくなることもあります。成長した泡は地球の磁力線にそって南北方向に広がり、背景の風によって東方向に運ばれるため、東南アジアで夕方頃に発生したプラズマバブルは、日本の経度域にも影響を及ぼします。

我々の研究室では、東南アジアの電離圏の状況を監視するために、各国の研究機関と協力し、複数の地点に観測装置を展開しています(図3)。

図3: NICTが展開する電離圏観測拠点

図3: NICTが展開する電離圏観測拠点

電離層観測用アンテナ

電離層観測用アンテナ

電離圏の泡の内部で発達する微細構造の再現に世界で初めて成功

電離圏の泡(プラズマバブル)の生成メカニズムの解明と発生の予測は、電離圏の宇宙天気予報において大変重要ですが、発生の傾向は日々常に変化しており、発生の前兆現象についても未だによく分かっていないため、現状では観測データのみから発生予報を出すことは困難です。そこで、気象予報でも行われているような、数値シミュレーション技術を用いた予報を行うための研究が必要となります。

図4は、NICTのスーパーコンピュータを用いて再現した電離圏の泡が発達する過程です。電離圏の下部に数百kmの変動を人工的に与えた結果、時間が経つにつれてその変動が成長し、やがて泡のように電離圏の上部まで発達する様子がとらえられています。泡の内部にはさらに細かい構造が存在し、非常に乱れた状態であることを示しています。

シミュレーションは3次元空間で行っているため、南北方向の広がりについても再現できています。このような泡の内部の微細構造の再現は世界初であり、このシミュレーションモデルと地球全体をカバーするグローバルシミュレーションモデルを組み合わせることで、局所的な電離圏嵐の予測が可能となることが期待されています。

図4: 電離圏の泡の数値シミュレーション結果。<br>東西-高度断面におけるプラズマ密度の時間変化。

東西-高度断面におけるプラズマ密度の時間変化。

3次元空間における密度分布の断面図。

3次元空間における密度分布の断面図。
図4: 電離圏の泡の数値シミュレーション結果。

パラボラアンテナの前に立つ横山主任研究員

パラボラアンテナの前に立つ横山主任研究員


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