NICT発、世界最高精度を達成した衛星双方向周波数比較 ─大陸間9,000kmでの比較を1,000倍の高精度で実現─

はじめに

協定世界時及び日本標準時の決定には、世界各国の研究機関が維持管理している原子時計の時刻や発生周波数を高精度に比較する必要があります。一般に時刻・周波数の国際比較は、人工衛星を用いた手法によって行われていますが、残念ながら、現在の手法での測定精度(図1青線、黒線)は、標準時のもととなる原子時計の精度(図1灰色点線)よりも数桁悪く、例えば秒を定義しているセシウム一次周波数標準器の精度に追いつくためには、1日の間ずっと測定を続け平均化する必要があります。

図1:NICT-PTB間における周波数比較精度

図1:NICT-PTB間における周波数比較精度
赤:搬送波位相利用衛星双方向比較、青:コード位相利用衛星双方向比較、黒:搬送波位相利用GPS比較の精度。灰色の破線は典型的な水素メーザー原子時計の周波数安定度を示します。それぞれの比較のリファレンス信号は水素メーザーから作られる標準時を使用しており、長期の精度はその安定度によって制限されます。

将来、秒を再定義する最有力候補である光時計の精度(図1緑線)と同等の測定精度を得るためには、数100日以上の測定が必要です。この状況を改善するため、NICTでは効率的なノイズキャンセル技術を組み込んだ高精度の周波数伝送のための光ファイバ伝送システムを開発し、東京大学との間で世界初の光格子時計の直接比較実験を行いました。その結果、両機関の光格子時計の周波数が16桁の高精度で一致することを確認しました。しかし、光ファイバ利用料が高額であることや、国際比較には海底ケーブルの利用が必要であることから、大陸間での光ファイバ伝送はまだまだ現実的ではありません。
このため、NICTでは、衛星経由の比較・伝送技術の高度化や銀河系外の電波星からの雑音信号受信によるVLBI手法を利用した比較技術の開発に力を入れています。

時刻・周波数比較のための衛星アンテナ群

時刻・周波数比較のための衛星アンテナ群

搬送波位相を利用した静止衛星経由の衛星双方向周波数比較

図2に人工衛星を仲介した時刻・周波数比較の手法を示します。GPS衛星を仲介する比較は、測位衛星が送信する信号を受信して行う手法です。測定精度は、コードあるいは搬送波位相利用で各々約5ナノ秒、50ピコ秒(図1黒線)です。一方、静止衛星経由の衛星双方向比較は2つの地球局から同時に信号を送受信して比較を行う手法であり、信号経路の双方向性から大気遅延や衛星軌道の影響をほぼ相殺することで精度を上げる方式です。通常2.5Mbpsのコード位相を利用し約500ピコ秒の測定精度(図1青線)が得られます。より高速の変調信号を用いることでさらに精度向上を図れますが、静止衛星の利用料が高額になるため、およそ10年にわたりその精度が大きく改善されることはありませんでした。

この解決のため、GPSと同様に搬送波位相利用を衛星双方向比較に導入する研究開発に取り組みました。信号が衛星で周波数変換される際に受ける位相雑音や、衛星の静止位置周りのわずかな振動のためにおきるドップラー効果による周波数ずれをキャンセルする手法を開発し、まずETS-VIII衛星を使用した実験を行い、次いで実際の商用静止衛星を用いて、本手法により、従来、約500ピコ秒であった測定精度を0.2ピコ秒(図1赤線)まで改善できることを実証しました。これは、衛星を利用した周波数比較としては世界最高の精度であり、NICTが初めて達成しました。測定では信号捕捉補助のために0.2Mbpsの変調信号を用いており、従来よりも1/10の帯域幅の衛星中継器利用で済みます。

図2:衛星仲介による時刻・周波数比較

図2:衛星仲介による時刻・周波数比較

ドイツとの大陸間周波数比較実験

ドイツ物理工学研究所(PTB:Physikalisch-TechnischeBundesanstalt)は、協定世界時決定のための時刻比較ネットワークの中心的役割を果しており、また、周波数標準開発でも世界トップクラスの研究所です。 NICTでは搬送波位相利用の双方向比較実験を鹿島と沖縄との間の短距離での測定精度を確認後、PTBとの間の約9,000kmの長距離国際比較実験を行い、短距離と変わらない測定精度を確認しました(図1)。

ただし、長距離かつローカルタイムのずれが大きいことにより、振幅約150ピコ秒の日周期で現れる電離層遅延の影響がありました。 これは衛星通信での上りと下りの信号周波数が異なる(上り14GHz、下り11GHz)ために生じる誤差であり、従来のコード位相利用の双方向比較では測定精度の低さから観測されなかった変動です。この電離層遅延の影響は、NICT及びベルギー天文台が各々作成している、日本上空及びヨーロッパ上空の全電子数マップを用いた補正により、誤差の軽減が可能であることを確認しています(図3)。

図3:NICT-PTB間における電離層遅延の影響

図3:NICT-PTB間における電離層遅延の影響
GPS比較と衛星双方向比較結果の差分の15分平均値を示します。GPS比較結果は電離層遅延の影響を受けていません。緑:電離層遅延量、青:電離層遅延補正なし、赤:電離層補正あり。この差分が大きいことは両方式の結果が一致していない、どちらかの結果に誤差があることを意味します。特に、遅延が大きくなる時間帯(楕円で囲んだ部分)において補正により差分が小さくなっていることがわかります。

衛星多方向時刻比較モデム

衛星多方向時刻比較モデム

今後の展望

従来の測定精度を3桁改善したことにより新たな誤差要因が明らかになってきました。電離層の影響もそうですが、従来の精度ではさほど問題にならなかった屋外、屋内機器の温度変動によって位相変動が誘起され中長期の測定精度を劣化させる現象などが明らかになってきました。NICTでは、そうした誤差要因を抑制し、さらに高精度の測定を実現するシステム開発と実証実験を海外の研究機関とも協力して進めていきます。

 

アンテナ群を見下ろす藤枝主任研究員

アンテナ群を見下ろす藤枝主任研究員


研究者紹介