決して切らさない日本標準時を作る─信頼性と精度の両立を目指して─

はじめに

電磁波研究所時空標準研究室では、日本の標準時刻である「日本標準時」の生成・維持・供給の業務を行っています。日本標準時は秒の定義に基づいた正確な1秒を生成し積算することで決定されます。そこで実際に日本標準時を発生、維持、監視するのが日本標準時システムになります。日本標準時は時刻の基準だけではなく、秒の逆数である周波数の基準としても使用されます。

日本標準時は、非常に高い精度が要求されます。また、止まることが無い時刻を決定するため、そのシステムも決して止まることがないように高い信頼性が要求されます。したがって、日本標準時システムはその特殊性から、高い精度と高い信頼性の両立が要求されることになります。

日本標準時は、セシウム原子時計を元に作られています。この際、1台だけではなく、18台の重み付き平均による合成原子時を作ることで、精度の向上と原子時計故障に対する冗長性を持たせて信頼性の向上を図っています。標準時の生成にあたり、合成原子時生成のアルゴリズムの研究、実信号での時刻生成方法の研究、信頼性を確保するための監視システムの開発等を進め、常に高い信頼性と最高精度を併せ持った標準時の生成を目標に、日々研究開発を進めています。

日本標準時システムを管理する中川主任研究員

日本標準時システムを管理する中川主任研究員

第5世代日本標準時システム

日本標準時システムは、国家標準として常に最高の精度を維持すべく、その時代の最先端の技術を取り入れながら適宜システムを更新してきました。現在は2006年2月に正式稼働した第5世代の標準時システムにより、日本標準時が生成されています(図1)。現システムの特徴としては、セシウム原子時計だけではなく、水素メーザー原子時計を新たに採用し、これらを原振として使用することで短期安定度の良い水素メーザーと長期安定度の良いセシウム原子時計のそれぞれの長所を生かした標準時を実現させています(図2、3)。また、水素メーザーを使用するために必要となる新しい計測システムを採用し、それらに必要となる各ソフトウェアを併せて開発することで、高い精度と信頼性を併せ持ったシステムを実現しています。発生系としては3系統設置し、異常が発生した場合は予備系に即座に切り替えることで標準時を切らさないようにし、また3系統間を常に相互監視することで素早い異常検知を可能とし信頼性を向上させています。また、原子時計や日本標準時の信号、様々な環境等をモニタし、異常があればすぐに通知する監視システムを整備し、日本標準時が決して欠くことが無いよう運用しています。

様々な装置や監視システムで構成された標準時システムにより、日本標準時は生成されていますが、それだけでは安定した標準時の生成は実現できません。日々の点検、異常発生時の状況判断と適切な対処方法など、現場担当者による日々の仕事により、日本標準時は安定した生成、供給が実現されています。また標準時は一瞬も止めることができないため、担当者は24時間365日いつでも対応できるよう準備しています。こうした担当者の不断の努力と併せて、高精度かつ信頼性の高い日本標準時の生成が実現されています。

現システムの正式稼働後も、標準時の高度化を目的にさらなる研究開発も進めています。例えば、原子時計の変動を適切に監視し異常と判断された時計は自動的に合成原子時から一時的に外すアルゴリズムを採用、これにより日本標準時の長期安定度が向上しました。また、標準時生成の際のパラメータをシミュレーションにより最適化し、これまで以上に水素メーザーの特性を引き出すことに成功、結果として標準時の中期安定度の向上にも成功しました。このほかにも新たな監視システムを開発・採用し、信頼性のさらなる向上にも努めています。

図1. 現用の日本標準時システム(第5世代)

図1. 現用の日本標準時システム(第5世代)

図2. 現用日本標準時システムの概要図

図2. 現用日本標準時システムの概要図

図3. 日本標準時、原振の水素メーザー、元になるセシウム合成原子時のそれぞれの周波数安定度。

図3. 日本標準時、原振の水素メーザー、元になるセシウム合成原子時のそれぞれの周波数安定度。

日本標準時表示盤

日本標準時表示盤

標準時分散化システムの研究開発

正確な時刻は現代社会における重要なインフラの一つです。これまで日本標準時は小金井本部に設置された原子時計及び標準時システムでのみ生成されてきました。もし自然災害等により小金井本部から安定した日本標準時の生成・供給ができなくなると、社会への影響は計り知れません。そこで、時空標準研究室では、日本標準時のさらなる信頼性の向上を、また同時に精度の向上を目標に、標準時分散化システムの研究開発を進めています。

(1)日本標準時神戸副局の構築

現用システムがある小金井を日本標準時本局とし、神戸の情報通信研究機構未来ICT研究所にバックアップである日本標準時神戸副局を構築しました(図4)。神戸副局では小金井本局と同じく、日本標準時を発生させる標準時システムと時刻を供給するNTPや光TEL-JJYなどの供給システムを設置しています。これにより自然災害による長時間の電力停止などが原因で小金井本局が使用できなくなっても、現用を神戸副局に切り替えることで、標準時を途切れること無く生成し、ごく短いダウンタイムで供給することが可能になります。

神戸副局の標準時システムは、原振用水素メーザー2台及びセシウム原子時計6台と、2系統の発生系より構成されており、小金井本局より小規模な構成となっていますが、小金井本局に匹敵する性能を発揮できるよう整備されています。神戸副局ではいつでも標準時として使用できるよう、副局独自の時刻が本局と平行して定常的に生成されています。この副局で生成された時刻は、小金井本局の日本標準時と時刻比較リンクにより、常に時刻比較され、両局で生成される時刻に狂いが無いよう制御されており、神戸副局が現用になった場合でもスムーズな時刻の切り替えが可能になっています。神戸で生成された時刻は、単に予備の時刻としてだけでは無く、小金井に非常に高い精度で同期した時刻としての利用も可能であり、その有効利用方法を検討しています。

併せて、各種供給系もいつでも使用できるよう準備されており、小金井本局が使用できない場合は、神戸から日本標準時を日本国中に届けることができます。神戸副局は2018年6月10日より正式運用を開始、これにより日本標準時システムが多重化され、信頼性の向上を実現しています。

(2)分散化による標準時の精度向上

分散化では、遠隔地間にある原子時計の時刻差を定期的に計測することが重要となります。小金井本局と神戸副局間でも通信衛星を用いた衛星双方向時刻比較やGPS衛星を用いた時刻比較により、定期的に高精度での時刻比較が実施され、これらの結果を基に、神戸副局での時刻が生成されています。

この時刻比較の技術を活用し、小金井・神戸に限らず、現在は標準時には直接利用されていない、標準電波送信所などで利用している原子時計間の時刻比較リンクを構築し、遠隔地にある多数の原子時計を用いた新しい合成原子時の構築を研究しています。時刻比較リンクにより使用できる原子時計の台数が増えると、これまで以上に精度の高い時間が生成できることが期待されます。その実現には、時刻比較リンクの安定した運用の実現や、分散化に適した合成原子時生成アルゴリズムが必要で、現在これらの研究開発を進めています。

図4. 神戸副局における標準時システム(発生システム)

図4. 神戸副局における標準時システム(発生システム)

今後の展望

情報通信研究機構が生成・供給している日本標準時は、これまで大きな事故も無く正確な時刻をみなさまに供給することができました。これからも引き続き、みなさまに信頼して御利用頂ける時刻の生成と供給に努めて参ります。

また、現在進められている秒の再定義を視野に入れ、さらなる高精度を実現すべく次世代の標準時システムの開発を進めていき、世界でも高精度かつ高信頼の標準時の生成・供給を目指していきます。

 

日本標準時展示室にて

日本標準時展示室にて


研究者紹介